いんぐ 2026年8月号

ばんこ
四日市空襲で街は一面火の海となりました。近くの三滝川には多くの人が、火から逃れようと飛び込んでいたそうです。近鉄四日市駅に近いのに、我が組、九軒だけ難を逃れ、残ったそうです。
終戦になり、我家には、親戚や知り合いの家族が何組も生活を共にする日々が続きました。翌年に結婚した母は、嫁入り道具を揃えるのに、お茶や豆、野菜と引き換えて用意したそうです。苦労して持参した着物も一年後に、すべて泥棒に盗まれました。戦後、数年過ぎた私の幼少の時の記憶に、手や足を失った元兵士(?)の人が、白い布で身をまとい、すわ公園に立ってアコーディオンを弾いてみえた悲しい光景が思い出されます。
戦争の無い平和な社会が守れる様、一人ひとりが声を出していかなければならないと思います(和)